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ウコンをより上手に摂るために

以前はウコンの根茎の生をすりおろしたり、乾燥根茎のスライスしたものを煎じて飲むのが一般的でした。ところが、今は加工技術が進歩して根茎を粉末にしたものや、さらにそれを粒製品にしたものが出回っています。

このうちウコンの有効成分をもっとも吸収しやすいのは、根茎の生を水洗いしてガリガリかじることです。しかし、実際にウコンの根をかじってみるとわかりますが、苦くて毎日続けるのは無理です。そこで、根茎の生をおろし金ですりおろしてから、水かお湯に溶いて飲めば、あまり苦みを気にせずに飲むことができます。ただし、ここで注意してほしいのは、すりおろしたものをガーゼなどでこしたりしないことです。

これをやると成分のほとんどが失われる心配があるからです。飲む量としては、大人の親指程度の大きさの根茎、重さにして10g程度が盲の目安になります。これを1日3回に分けて朝昼晩の食後に飲むのが基本です。

それが難しければ朝と夜の2回に分けて飲んでもよいと思います。もし、肝臓病などの問題がある場合は、さらに量を増やして飲んでみるといいでしょう。

それから、乾燥した根茎のスライスを利用する場合についてですが、乾燥スライスを入手て土瓶で煎じたり、急須に入れてお湯を注ぎます。

ただし、この場合、あまり煮つめると成分が壊れてしまうので注意します。ビールの色程度になるのを目安にするのがよいでしょぅ。

このように根茎をそのまま使用するのが基本ですが、忙しい現代人にとっては、手間がかかりすぎると感じる方にお勧めするのがウコンの粉末(パウダー)です。
特に粉末のよい点は、栽培条件が妄であれば、そこから取れた根茎を加工した粉末は成分が一定になっています。このことは、同行程で作られた粉末であるかぎり、どの粉末を使用しても常に一定の効果を期待できるのです。

琉球王朝の専売品だった生薬「ウコン」

ところで、インドを原産地とするウコンが日本にまで伝わってくる経緯についてははっきりとしたことはわかっていません。一般にいわれているのは、唐の時代の初期、つまり7世紀頃に中国の広東方面に伝わり、薬用として、さらには染料や調味料として利用されたといいます。

日本では平安時代の中期以降にはすでに知られていたようですが、日本においてこのウコンの存在が広く知れわたり、利用されるようになったのは、当時、南方諸国と盛んに交易を行っていた沖縄の琉球王国が当時、朝貢関係を結んでい大陸の中国からウコンの輸入を始めたことにあるといわれています。

大河ドラマ「琉球の風」にも登場したウコン

大河ドラマ「琉球の風」 | NHKドラマ
https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=taiga31

その琉球を経て日本に伝わったウコンのことは、室町時代に発行され宝易のなかにも記録されています。ところで、その当時の琉球王国の様子は、NHKの大河ドラマ「琉球の風」でも描かれましたが、実は、このドラマの第1回目にウコンが映し出されていたことに気づかれた方は少ないのではないでしょうか。

それは琉球の船が薩摩に向かって航海している場面を映し出していました。確かによく見ますと、船に乗っている男がウコンの根茎を手にもっていました。その光景は琉球の歴史をよく知っていればうなずけます。

というのは、当時の琉球王国はウコンを砂糖とともに外交や経済の重要な品目として扱っていたからです。琉球王国は、1597年の「慶長の役」以来、薩摩藩のたくみな政略によってその影響下に組み込まれつつありました。そのことは、王国の財政をも圧迫するようになり、やりくりは厳しくなる一方でした。そして、ついには薩摩らの借金の返済にも困るほどになってしまいました。

あまりに台所事情が悪くなった府は家臣たちを集めてどうしたらよいかと打開策を問うほどでした。そこで出てきた解決策が、二人の家臣によって提案された方法で、砂糖の他にウコンを専売品にするというものでした。

確かに、当時すでにウコンは、すぐれた薬効をもち、食用、染料などとして品広い利用価値をもつものとして大坂方面にまで知れわたっていました。すでに琉球の農民と薩摩の船員との間では直接の取引が行われていましたから、それを王府がすべて取り仕切って、ウコンを専売品にして薩摩に売れば、かなりの利が得られると考えたのでしょう。

実際には琉球における買値の6倍近い値段で薩摩では売れたそうですから、お金に換えられる作物の少なかった琉球にとって利益の大きいウコンの売買はかなり魅力的なものだったに違いありません。

いずれにしても二人の家臣の提案がきっかけとなり、1646にはウコンの専売が具体的に開始されたのです。その結果、一般人による自由な栽培や販売は一切禁じられ、琉球王府が一手に買い上げて薩摩に送り売ることになりました。

王府のウコンに対する管理はかなり徹底していて、植え付けや収穫の際には、ひとりひとりに根茎の数を数えて渡し、仕事が終わる際にも監視人がいて根茎を隠して持ち出す者がいないか服装検査まで行うほどだったといいます。
それでも、なかにはこうした厳しい監視の目を盗んで夜の暗がりに畑からウコンを盗み出し、こつそりとウコンを育てて薬草として利用した庶民もいたという話さえ伝わっています。それぐらい、当時のウコンは貴重品として扱われていたのです。

大坂地方で驚くほどの高値で売買

琉球から薩摩に運び込まれたウコンの販売は、琉球館という琉球王府の出張所が現地で直接担当していました。そこには琉球側から免許を産けた御用商人だけが出入りを許され、彼らが入札してウコンを買い上げ、大坂地方に持って行って売りさばきました。

大阪地方での販売価格は、薩摩での買値の10倍以上ともいわれるほど高く売りさばかれていたのです。
一説によると33倍近い売り値がついたともいわれるくらいです。琉球王府にとってこれほどの収益率が見込めるウコン販売は、やはり相当魅力的なものだったに違いありません。商魂たくましい薩摩の商人たちもまた、ウコンの利権をめぐって手をかえ品をかえて競い合ったといいます。

薩摩藩も財政立て直しのために専売化

その後もウコンの需要はどんどん大きくなっていきました。それにともない、沖縄本島だけではなく、他の島々でも栽培が行われたようですが、それ以上のスピードで需要が増大したために、琉球におけるウコンの耕作面積は、さとうきびとともに拡大する一方でした。

その勢いは、ついには食用作物の栽培芸かすほどまでになり、さすがに王府も無視できなくなって、ウコンやさとうきびの耕作面積品限しなければならなくなるほどだったといわれます。

このように琉球王府が窮迫する財政立て直しのためにたいへん大きな需要のあったウコンを専売品にしたのと同じように、それからほぼ200年を経た天保時代に入ると、今度は薩摩藩がやはり藩の財政立て直しの一環としてウコンの専売に乗り出しています。

すると、それまでは琉球館から御用商人たちが買い上げていたのに、薩摩藩が専売を始めた後は、そうした商人たちを追い出して直接買い上げるようになりました。

いずれにしても、これほどまでにウコンが琉球王府や薩摩藩の大きな財源となり待たのは、江戸時代までの日本社会において大きな需要があったからに他なりません。つまり、薬草として、さらには染料や食用として、かなりの量のウコンが取引されていたのだと思います。それにもかかわらず、明治以降になると、ウコンの存在は急激に忘れ去られていきました。そして、今日に至って、科学的な研究によって数々の驚くべき薬効が解明されるまで、ウコンが人々の目を引くことはほとんどありませんでした。

その理由については、このように考えられていきました。明治時代に入ってからの日本の医学は完全に西洋医学中心になってしまいました。そのために江戸時代までは人々の健康管理や病気の治療に大きな役割を担ってい妄洋医学は非科学的なものとして隅に追いやられました。

その結果、生薬による治療も軽視され、ウコンのような素晴らしい薬草の存在さえ人々の意識から消え去ってしまったのだと思います。
しかも、ウコンは沖縄以外の地方では栽培しにくいこともあって特に影が薄くなってしまったのかもしれません。

ウコンが、1世紀以上の空白を超えて再び、現代人の成人病を予防する奇跡の薬草として再登場してきたのは、とても深い意義があります。

といのは、明泊以降、あまりに西洋医学に偏ってしまった現代医学が医薬品による副作用に見られるような大きな課題にぶつかっているからです。

これを乗り越えて行くには東洋医学を積極的に取り込んでいく必要あり、薬としては生薬の価値がもっともっと見直されるべきときを迎えています。
その意味において、神秘の生薬としての長い歴史をもつウコンがこうして現代によみがえったことに限りない希望を感じています。

これからの医療は東洋医学との融合でさらに高まる

現代医薬品の副作用の問題を背景として、1976年から漢方薬が健康保険でも使用できるようになり、いわゆる漢方ブームといわれる現象が起こりました。それにともなって医師の間でも本草学が教える上薬に対する関心が高まり、現代医学では、「アダプトゲン」という用語も生まれました。

この用語の薄味は、毒性がないこと、作用が特定の臓器に限定されないこと、生体の正常化作用をもつこと、などの条件を滴たしている薬を指しています。

その点では、ウコンはまさしく上薬であり、アダプトゲンとしての条件を満たした生薬として、今大きな注目が集まりつつあります。そこで、こうした生薬としてウコンが著しい特性をもっていることを正しく理解するために、現代医学における生薬治療の役割について見ておきたいと思います。

現代医学の進歩に貢献してきたはずの医薬品は、きわめて鋭い速効性をもつ半面、かなり危険な副作用をもっていて、患者さんに多くの犠牲を負わせてきたことも事実です。それに対して、少しでも副作用の危険のない治療法が求められるようになり、アダプトゲンとしての生薬への期待が高まってきています。世界的にも生薬治療はしだいに勢いを得てきています。

例えば、ガンに対する免疫療法剤などは生薬のなかから発見される可能性が、かなり大きいと思います。それから、エイズに対して現代医学は有効な治療薬を見いだしてはいませんし、多少有効性があるといわれる薬剤も、実際には副作用がきわめて強く、治療に用いるにはかなりの危険性をともないます。

これに対して、漢方薬や生薬をうまく組み合わせて用いれば、エイズ発症を遅らせられる可能性は十分にあります。それどころか、今後の研究次第ではまったく発症させないようにできる可能性もあります。

専門家によっては、エイズの治療薬は天然の生薬から発見されるだろうという人もいます。

医師は、「東洋医学」に対して認識の浅い医師にも漢方薬を含めた生薬治療の体系を了解してもらい、さらなる医療の進歩に貢献していくのが理想です。といぅのは、二十一世紀を目指した医療は、「医学の東西融合」に向かうべきでしょう。

つまり、「東洋医学」と「西洋医学」がそれぞれの特性を活かして協力しあうことによってしか、現代医学の限界を超えていくことはできないのです。

一般に「西洋医学」と呼んでいるのは、18~19世紀にヨーロッパで発展した科学的な方方法論ではあくまでも科学的な方法によって病月したがって、「西洋医学」ではあくまでも科学的法論に基づいた医学のことです。

病気の原因をつきとめ、治療する方法を確立しようとしてきました。これが明治維新を境に日本に入ってきましたが、主にはドイツ医学として輸入されました。その後は「西洋医学」こそが医学であると考えられるようになり、それまであった漢方医学などは公式の医学としては認められないようになってしまいました。

第二次大戦後は、イギリス医学を継承したアメリカ医学の影響が大きくなっています。ところが、こうした「西洋医学」もさまざまな問題を抱えていることがわかってきました。薬の副作用です。というのは、医薬品としては有効成分最学的に分析し、抽出したものを使用するために、切れ味は確かに鋭いのですが、その分だけ副作用の危険性も高くなってしまいます。

ときには、治療のために用いた薬の副作用のために、医原病といってもっと重症の病気を引き起こすことすらあります。

生薬は病気にトータルで作用です

-方で、「東洋医学」がにわかに脚光を浴びつつあることは周知のとおりです。ところで、日本では「東洋医学」と「漢方医学」はほとんど区別なく用いられていますが、本当は「東洋医学」と呼んだほうが「漢方医学」と呼ぶよりももつと広い意味になります。
というのは、「東洋医学」には中国から伝わった「漢方医学」だけでなく、インドの伝統医学や東南アジア諸国に伝わる医学も含まれているからです。
完全ガイド – 漢方薬

「東洋医学」が「西洋医学」と異なるところは、まず第一に、病気の発生原因を探ろうとするよりは、病人の訴えや体に起こっている変化を見ながら治療を行おうとする点にあります。つまり、「病気を治すより病人を治す」ことが大切だと考えるのです。もう1つは、その治療薬は大部分が生薬で、天然のものをほとんど加工せずにそのまま用います。

そのため、速効性は低いのですが、副作用は起こりにくいのです。しかも、天然の生薬にはいくつかの成分が含まれているため、ある特定の症状にのみ有効であるという現代医学とは対照的に、いろんな病気に総合的に作用を発揮します。

アダプトゲン(上薬として注目されるウコン

生薬と似た言葉に漢方薬とか民間薬という言葉があり与。これらの言葉の使い方に関連して私が日頃から心配しているのは、一般人だけでなく専門の医学者ですら、その意味をはっきり知らないま意見を述べたり、誤った判断害している例が多いことです。
そこで、簡単にこれらの言葉の意味を紹介しておきましょう。まず、漢方薬とは、「いくつかの生薬を組み合わせて1つの薬方としたもの」です。しかも、この場合、生薬の組み合わせ方や投与する条件が誰も明かなように定められていなければなりません。

これに対して民間薬では、投与する条件は定められていません。ただ、便秘に効くとか、痔によいというように、どのような症状に有効かということだけが記されています。また、必ずしも薬の処方内容が公表されていないのも民間薬の特徴です。

薬の処方内容が公表されていないのも民間薬の特徴です。では、生薬はといえば、これは特定の植物、鉱物、動物に由来するものです。そのなかでも特に代表的なのは植物、つまり「薬用植物」です。そのために、中国では古くから生薬となる動植物を収録した書物を「本草書」と呼んできたわけです。

中国最古の本草書である「神農本草経」では、同じ薬物のなかにも上薬、中薬、下薬の3ランクがあると述べています。

こうした分類からすると、多少の違いはあるにせよ、副作用の危険性をもっている現代の医薬品の多くは下薬だといってもいいすぎではありません。これに対して、毒性がまったくなく、長期間使用しても副作用の心配がないウコンは問題なく上薬といえるでしょう。