アルコール中毒

アル中を脱する

アル中者の断酒へのステップ

日々酒を飲むわれわれの良習を、悪癖と呼ぶ医者は、どのような治療や指導をしているのでしょうか。たとえば、医者の常用する医学指南書(『今日の治療指針』) の「アルコール症」の項をみてみると、「処方」にはつぎの8項目があります。

指南のその1つは「断酒」と太い活字で善かれています。なぜならば、「ほとんどの患者は飲酒を適量でおさえることが不可能」だからであり、「生涯にわたる断酒が必要」とのただし書きがあります。

指南のその2は「精神療法」です。「アルコールの有害性についてくり返し教育すること」だとあります。すなわち「身体的症状、離脱(禁断)症状、精神症状、社会的破綻の実例」をといて、あきらめさせよということになります。

その3は「家族療法」です。ヤケになった患者を見捨てないように「家族が患者に、温かく支持的にはたらきかけることが大切だ」書かれています。

その4は「入院治療」。それには「専門病院であること」とのただし書きがつきます。アル中の世話は、普通の医者ではとうてい面倒がみきれないので、チャンスをとられえて専門病院(精神科医)の手に任せないというわけです。

その5は「断酒会の紹介」へとすすみます。とにかく「本人の断酒の決意が決め手」なのです。

その6は薬物療法です。ここで「断酒剤」(嫌酒薬)を使った治療法が紹介されています。

抗酒剤とは、文字どおり酒を飲むことを妨げさせる薬です。薬名に興味をもたれるかたがたにお教えすると、「シアナマイド」や「ジスルフィラム」などである。

ちなみに、ジスルフィラム(ノックビン) はALDHからの抽出物で、肝臓で急性アセトアルデヒド中毒をおこさせることによって、嫌洒効果を得るものです。

これらの薬剤は、不用意に使うとショック症状をおこすなどの副作用があって、飲兵衛たちが勝手に入手して服用することはできないよう劇薬マークがついています。

そんな事情もあってか、ただし書きには「くれぐれも本人が納得のうえで投与すべきもの」とあります。また、これは「患者に飲みたい気持ちがたかまり、不安・焦燥・不眠などを,おぼえると」にのみ服用させるべきである、とも書かれています。
抗酒剤とは服用する時も一時的、効くも一時的という程度のものです。

その7、8は、たとえば肝炎や膵炎などのように、酒の害がからだのここそこに及んだときの二次的治療や応急措置についての治療法です。あたりまえのことながら「節酒させよ」とはどこにも書かれてはいません。
言っても無駄なことは医者もいわないのです。

どうやら医者(精神科医)によるアルコールを断つ本道とは、断酒のすすめ→そのための入院→断酒会でのアフターケアというコースになっています。

飲兵衛派の人にははなはだ不本意ながら、このセオリーにしたがって、以下「入院」から「断酒会」について説明しましょう。

飲兵衛にアルコールを断たせる最初のステップは、まず入院治療にはじまります。その方面で名高い某病院の例をあげれば、つぎのような治療プログラムとなっています。

アルコール症と診断されている人は、精神的な依存性だけでなく身体的な依存もあるため、ほとんどのケースで代謝障害(体内での消化や分解の故障や異常)をおこしていたり、体力の低下がみられます。
また、本人の自覚の有無にかかわらず合併症を生じているケースも少なくないでしょう。そこで、最初はまず内科病棟で、損なわれたからだの治療からはじまります。

ガタのきた部分をなおし、栄養状態を改善して、そこそこに体力がついた段階で、リハビリ病棟に移されます。アルコールに毒されたこころのリハビリテーションとは、当然アルコールルにたいする正しい知識を得るための「勉強会」が主体となります。アルコールにたいする正しい知識とは、とくに病気との関連の部分です。

あわせえて「作業療法」や「レクリエーション療法」などを通じてアルコールに打ち勝つ忍耐力その他、社会復帰した際のしらふでの行動のあり方を学び、訓練に励むのです。

訓練は軍律きびしきをもってこそ成果もあがるものです。そこで、お仲間と語らっての「自治組織」が編成されます。

入院後のスケジュールは、一般の病気治療のための入院生活とは大きく異なります。

起床は6時。掃除(もちろん当人がおこなう) のあとに抗酒剤を飲みます。ラジオ体操につづいて「瞑想」の時間になります。

朝食後は仲間や医者をまじえての勉強会と作業療法が開始されます。昼食後はふたたび作業療法や「運動療法」のくり返しです。

あとは医者との個人面接がもたれたり、集団でのミーティングあるいはレクリエーションとなります。夕食後には「反省」の時間があって、1日のスケジュールが終了します。そのあとは自由時間ですが、21時には就寝となります。

運動療法とは、ようするに歩くことです。きめられた時間内に14~15kmの行程を、晴雨にかかわらず仲間全員でただひたすら歩くのえす。
これを「行軍」と称しています。外泊が認められるのは入院2ヶ月目からです。ミーティングには家族やOBをまじえてのものや、断酒会への参加もあります。そろそろ退院というあたりから断酒会とのつきあいがはじまることになります。

飲兵衛たちがアルコールを断つプロセスを図式で示せば、「AA」と表される。このAAとは、みずからをアル中と認めあった人たちの寄りつどう団体のことです。

1935年、アメリカ・オハイオ州のアクロンという町で出会ったボブとビルという2人のアル中の人物が、お互いに慰めあいながらアルコールを断ったのがはじまりだといいます。

感動的な立ちなおりを経験した二人の「布教」は、たちまちにして世に広まり、現在では95カ国、1千万人以上のメンバーを擁する世界的な「断酒友の会」となっています。

みずからをアル中と認めあったAAのメンバーたちは、アル中を病気と認め、つねにおのれのこころと行動を厳しく反省する。と同時に、きのうまでは仲間だった友人や知人たちの言動をこきおろし、神様 にすがって、これまで他人に迷惑をかけたことをひたすらわびるものです。

AAとは、「酒なき生涯」に生きる世界の飲兵衛たちが、集団的な場を利用して価値観の転換をおこなうことにほかならないのです。

アル中者のこころの深淵はそれぞれことなります。「地獄」の底をはいつつもアルコールを手放せぬ人も少なくはないのです。

ただ、アルコールなき世界に生きることだけをねがって「転向」あるいは「改心」し、AAの正しさを信じて努力する意思強固な方々だけがぬけだすことが可能なのでしょう。

死ぬまで大好きなお酒を飲み続けたい

いかにアル中気味だからといって、飲む習慣そのものまでもみずからの手で断つということは悲しいことです。むしろ、みずからの生涯を杯をかたむける日々でまっとうしたいと願うのが飲兵衛の本音でしょう。

最近の日本における量的面での飲酒の実態を見てみましょう。国税庁の統計資料によると、1990年に日本人の飲んだアルコールの量は約900万klM 、1人あたりにすると8.6l飲んだ勘定です。

大阪での調査では、女性の飲酒者は人口の6%で、トップのデンマーク女性の一41% とくらべて7分の1程度です。つまり、いまわが国で日常的に酒を飲んでいる人たちは、大半が男性です。そう考えると、成人男性どうしの比較におきかえた推計的研究では、すでに日本は欧米と肩を並べる立派な飲酒国家となっているわけです。

89年度のわが国の酒税統計では、飲兵衛の多いのは大都市と東北、北海道、九州の順です。一般にウィスキーのような酒精度の高いアルコールの消費は地方より大都市のほううが多いのです。

あわせて、酒どころで知られる寒い地方や焼酎の美味いところが上位にきているのも妥当なところです。飲兵衛県の首位は東京都であって、その消費量は純粋アルコール換算で12Lと、最下位の奈良県の2倍です。これは日本酒一升瓶におきかえれば44本分であり、ウィスキーだと39本分ということになります。

ただ、東京都の場合、これをすべて都民だけが飲んだ量と考えることには無理があるのですが、自分の飲酒量の多少をはかる際のひとつの目安にはなります。

数字をズラズラ並べての説明はこの程度でとどめるが、総理府の酒類に関する世論調査によれば、「40代、50代の男性の半数には、毎日の飲酒習慣がみられる」とあります。
蛇足ながら、「日ごろの飲酒量の多い人ほど、その人自身が適量とみなす1日あたりの畳も多い」、つまり飲兵衛諸氏ほど一時に多量飲んでいることを「告白」している調査報告もあるぐらいです。

これらの統計的データからうかがい知るかぎり、都市型生活をいとなむわが国男性の日々の飲酒量は、もはやハレの日だけの少量の飲酒という段階にはとどまらず、ここ十年間の円レートに見あった急成長をとげているといってさしつかえないぐらいなのです。

飲兵衛は減少している

では、その質的な面はどうなのでしょうか。

少し古いのですが、平均的飲兵衛たちの飲酒の実態と傾向を分析した調査統計から、その点を考えてみましょう。出典は「酒類に関する世論調査/健康と喫煙問題に関する世論調査」という副題のついた総理府広報室編纂の『日本人の酒とたばこ』(平成元年7月刊)です。

調査は昭和62年時点でのものではあるが、「あなたはお酒を飲みますか」と聞かれた日本人成人の6割は「ハイ」とこたえています。男性だけに紋りこむと8割弱、うち6割は毎朔日飲んでいる(調査時点での女性の回答率は割愛するが、男性よりおおむね1~2割下げたあたりです。

なお、これは総理府の酒類に関する世論調査における「40代、50代の男性の半数には、毎日の飲酒習慣がみられる」というデータより、同年齢比較では高くなっています。
ふだん飲む場所は自宅が70% 強であるが、毎日飲むという人では自宅が82%と高くなります。

つまり、日本人の飲酒のパターンは圧倒的に「晩酌型」といえるでしょう。したがって、飲む場の相手も、ひとり(5割)、家族・友人・仲間( いずれも4割)の順です。「考えて飲みはじめたる1合2合の酒の夏のゆふぐれ」とよんだ牧水の心境もまたそんなものであったのかもしれません。

しかし、ホワイトカラーの3割近くは、週1~2回は外で飲みます。関連する設問に「お酒は交際を円滑にすると思いますか」というものもある。81%の人たちは「ハイ」とこたえています。

飲兵衛ではこれが84%にアップするが、飲まない人すなわち下戸でも58% 弱の人が「ハイ」と同意しているのです。

しょせん日本はムラ社会です。意にそわないことではあっても、下戸のOL 、新人類でも、仲間や上司に誘われれば3度に1度は酒の席につきあう理屈です。ところで、肝心の「お酒を飲むおもな理由はなんですか」という質問です。飲む目的の

飲酒の理由

  1. 疲れを癒やす
  2. 友人、仲間等の交際を深めるため
  3. 気分を変えるため
  4. 家族との団らんのためn
  5. アルコールが好き
  6. 快眠のため
  7. 仕事上の交際や接待のため
  8. 酒場の雰囲気が好き
  9. その他
  10. 特に理由はない
  11. わからない

トップはもちろん日々の疲れを癒すためですが、あとは知人や仲間との交際を深めるため、気分転換、とつづきます。

興味をひかれるのは、「酒類が好きだから」というこたえが3割強にとどまっている点です。この「酒類が好きだから」というこたえは、ほかの質問のひとつ「お酒は美味いですか」という項目と関連してきます。

ところが「ハイ」とこたえた人たちは65% 弱にとどまります。所詮はムラ社会。飲む人の3分の1はお美味くなくても、知人や仲間との交際を深めるために「つきあい酒」をしていることになります。

このような飲みかたであれば、「お酒には害があると思いますか」と聞かれても、まず害はおこりようがないのです。
したがって、90% の人は「飲みすぎなければ害はない」と思っているのです。毎日飲む人では93% と高くなるのですが、これも別の面の理由から納得できます。

ただし、深酒をする可能性をもつ人たちは「うまいと思う」人たち(65%弱) の半分、すなわち「酒が好きだから」とこたえた3割強の人たちにとどまることになります。

つまり結論は、今日の日本人男性の6割は日々酒を飲んでいるのです。しかし、その大半は疲れを癒すために酒を飲む「晩酌型」なのです。

外で飲むのはもっばら友人、知人との語らいを愉しむための「つきあい酒」にとどめています。また、自分の閾値を超えぬ飲みかたです。
これが、現在の人が酒を飲む実相だということになります。

なお、「つきあい酒」といえば、連想するのが最近のカラオケ・ブームでしょう。古来より酒宴には歌がつきものです。接待、新年会、忘年会、結婚式と、気のおけない仲間や祝いの場に呼ばれたときには、だれかれとなく歌がでます。

酒はひとり静かに飲むものであって、こんな飲みかたはおよそ飲兵衛の風上にもおけぬと憤慨する人は、いまや間違いなく少数派でしょう。

また酒宴の席ででる歌も、昨今では大きくさまがわりしています。かつて酒席でうたわれた黒田節その他、歌い手の生まれを示す民謡のたぐいは、今日の都会の酒場からはほとんど姿を消し、いまはレーザーカラオケの流れに乗ってはやりの先端をゆくもっぱらの歌合戦となっているのです。

酒席から、このテの愛すべき稚気バンカラが消えたのはいつごろからのこでしょうか。まずたしかなことは、広い宴会場が、都心や花街から温泉地の旅館などに移ったことでしょう。
しかしそれとても、いまやJRや旅行会社があげて宣伝するのは花のOLご一行様で、旅行そのものがしだいに集団から個人、家族単位にむかいつつあります。

ついで酒亭そのものがかわってきたということもあります。「ひとり酒」派の飲兵衛にも共生可能なすみの一端は残されてはいるものの、ふところからでていく紙幣の単位とはかかわりなく、カラオケ装置のない酒場はしだいに駆逐されつつあるかにみえます。

だすべきものが万札からツケやサインにかわる高級酒場では、カラオケはピアノの生演奏にかわったりもしますが、歌をケたうことが主目的であること自体は変わりません。

飲む場がかわるにつれて、酒席で歌われる歌も変化します。いうまでもなく、歌の変化とは、ことわりすなわち飲み手の心情の移りゆく理の変化です。

アルコールをたしなむことが、日常的な他の文化との「触媒」的な存在になっていることが、昨今の酒席でのカラオケのまんえん化からうかがいとることができます。このように「飲みすぎなければ害はない」ことを知り、自分の闘値を超えぬ飲みかたをしているおおかたの人たちの将来は、まずは「健全」とみなすべきでしょう。

となれば、のこりは「アル中」にいたる人たちの問題だということになります。とはいえ、自分の閥値を超えて飲む人たちがいます。

昨今では、サラリーマン世界のあいだで「ネクタイ・アル中」などという珍妙なことばまではやっています。NHKが報じるところでは、サラリーマンの飲兵衛30人に1人がこれにはいります。問題はこの人たちが、AAならびにそれに類する断酒会に加入をするハメにならぬような解決策をさぐることです。「アル中」のレッテルをはられるまえに、みずからの手でできる有効な手だてはないものでしょうか。

断酒スケジュール・第1日目。メニュー…ウイスキイの水割り、日中6杯、夜6杯。
4日目。水割り、日中3三杯、夜3杯。
第6日め。水割り、日中1杯、夜1杯

このように、いきなりドラスティックなをこころみるのは3人の真性アル中者たちです。

彼らは日々大量のウィスキーを飲みつつ、しかも、わずか1週間で脱アル中化をはかるという奇想天外な逆手療法をあみだしたのです。
1人で断酒はできなくとも、2人でならできるかもしれません。
酒の害を知る→飲酒習慣を分析する→禁酒の準備をする→禁酒の実行→禁酒の継続、というのが、飲兵衛がおこなううえでの基本となります。

「酒の害」は今さら言う必要もありません。ようは、これまでに紹介した酒の害の説明のなかから、あなたにとってもっともイヤな部分を、2~3思い浮かべるだけでよいでしょう。

「飲酒習慣の分析」では、原法でのヘビースモーカーのいくつかのタイプ分けがおもしろいので紹介しましょう。その典型的なものは、やめるとイライラのこうじる「中毒的喫煙」者というタイプで、飲兵衛の禁断症状とも共通します。
原法には、このタイプであっても「症状は、長い人でも10~14日間で消えます。この期間を乗りきりさえすれば、禁断症状はうそのように消失します。

ならば、信じてやってみようではないでしょうか。ついで「禁酒の準備」にはいります。ここがポイントです。原法で「5つの秘訣」が述べられています。これを禁酒におきかえるとつぎのようになります。

  1. 禁酒開始日をきめる。
  2. 禁酒する理由を確認する。
  3. 飲酒行動を分析する。
  4. 飲酒コストを計算する。
  5. 禁酒にむけての15のヒント。

原法には、どれもこれも子細にみればもっともな理由がつけられています。たとえば2は「三大理由をあげて大書しておき、寝るまえに10回ほど読みあげること」とあります。さらに5の「15 のヒント」も興味深いものです。

  • 飲む酒の銘柄をかえてみる。もちろんまずいものにかえるわけである。
  • グラスや盃を手にとらない。飲むならラッパ飲みということではない。
  • 飲む時間と場所を段階的に制限する。飲まない時間帯をつくるわけである。
  • 仲間を見つける。AAもそ同様だった。
  • 周囲の人に自分が禁酒することを宣言する。これで義務がともなう。
  • 禁酒によるストレスに対処するために、あらかじめストレス対処法を講じておく。深呼吸、瞑想、散歩、ヨーガ、スポーツなどで気をまぎらすわけである。
  • トレーニング(訓練)。飲みたくなったとき、すぐ飲まないで、どうしてもガマンできない場合には代替物をとる。たとえば、水とか、ウーロン茶とかである。代替物のミネラルウォーターは少し高価なものを選ぶとよい。活泉水がおすすめ
  • 自分および他人の)失敗例の理由を考える。
  • 自宅に買いおきをしない。
  • 禁酒開始日が近づいたら、思いきり悪酔いして、自分の行動におおいに自己嫌悪を感じること。
  • 禁酒開始日前日に、酒およびグラスなどをすべて捨てさること。
  • 禁断症状のでることを覚悟し、これは「健康への回復のサイン」なのだと思うこと。
  • 定期間をすぎれば、禁断症状はきれいさっぱりと消えるのだ、と信じること。
  • 飲まないのは「今日一日だけなのだ」と、かるいきもちでチャレンジすること。

いかがですか。「飲まないのは今日1日だけなのだ、とかるいきもち」でやってみますか。問題は単純にして明快です。

われわれにとっての禁酒とは、し結局はやるかどうかの意思と行動力。いつにしてわれわれの決断あるのみです。

とはいうものの、現実問題として、飲兵衛は往々にして禁酒に失敗します。失敗を重ねあげく絶望にいたる人もいます。このことは、人がただアルコールの虜囚となって、身体的にさまざまな苦痛をしいられるというフィジカルな問題以上に、それまで飲兵衛がアルコールと一体化して構築してきたみずからの精神世界の放棄、いうなればアイデンティティの喪失に根ざすところも大きいような気がしてなりません。

われわれ飲兵衛族が日々酒を飲むはなんのためなのでしょう。

酒を飲む人たちの多くは、酒豪に類する古人、先人、先達にあこがれをいだいて、酒席ではみずからもその夢との同化を語ります。
小説や詩歌、映画、テレビに酒を飲む場面があれば、こまかに観察して他人と語りあうでしょう。その先達となる目ざとき人びとは、いつの世も文化人という人種です。

こうじては、遠方の酒亭にまれな銘酒があると聞けば千里の道もいとわないのです。上戸、下戸にかかわらず、外国がえりの紳士や淑女が、空港で買いあさった火酒や蒸留酒で土産袋の山をなしたのもつい先ごろまでみられた現象でした。

このようにアルコールが人の血潮をたぎらせるのはなぜでしょうか。古来よりつづいてきたわれわれの社会の伝統文化、ひるがえっては他国にも共通するホモ・ヴィニュンス「酒をつくるサル」の文化への共感なのでしょうか。

アルコール文化をもたらす雰囲気にひたりたいと思う心情。やはりそのこころねの奥にほのみえるのは、酒を飲むそれぞれの、その一刻一刻に浮かぶ人生や、喜怒哀楽の断片でしょうか。

われわれが酒盃をあげるその一刻の思いは万感におよぶのです。むろん、アルコールをたしなまぬ人たちにも、多情多感な人生があります。しかし、飲兵衛たちは、ひとしくアルコールによって、喜怒哀楽の感情がよりよき方向に増幅されることを知っています。喜びは高められ、怒りはしずめられ、哀しみは薄められ、楽しみはいやがうえに増えます。

ほとんどの飲兵衛は、このような人生のありようを死ぬまでつづけたいと思っています。できうることなら、死ぬまで洒とつきあっていきたいものだと願います。

われわれ飲兵衛たちだけが知るその一刻、そして過去、未来につながるその瞬間の喜怒哀楽の感情の確認です。これは、すべて感じられる人のこころあってのものです。

まさにアイデンティティそのもので、いみじくもこころの旅です。その行きつくところはまさに「自分探し」の夢にほかなりまえせん。死ぬまで酒とつきあっていきたい…この「自分探し」のこころの旅こそ、多くの飲兵衛たちの目的なのです。

では、この夢はまっとうできるのでしょうか。ゴール間近となったところで、これまでの旅路でひろってきたアルコールにまつわる事実の断片を思いおこしてみましょう。一気飲みにはしる若者たちのことはおいても、われわれが酒を飲む理由には、究極のあこがれともいうべき酒豪、酒仙たらんとねがう夢があります。たとえそれがアルコールの麻酔作用によってもたらされるものにせよ、そのおもむくところには、直裁的には日々のたたかいに傷つき疲れたからだに対する癒しがあるのです。

また、おのれ自身の精神のたかぶりやよろこびを、感情の波間にたゆたわせつつ昇華させたいとねがう心理、願望もあるでしょう。

しかし、〝飲兵衛の遺伝子をもつ者の、こうした飲酒では、おうおうにして量がこころの浄化を阻害します。二日酔いが身を責めます。からだやこころに乱れや障害をもたらします。その知識、分別をもつおおかたの飲兵衛は、経験をつむにしたがっておのれの酒的限界、すなわち闘値を知ります。

といって、飲兵衛が頼みの綱とするのはおのれの肝臓のはたらきだけです。しかし、強力なるこの「沈黙の臓器」にもアルコール処理の可能な限界があって、日本人の1日の平均的代謝能力は純粋アルコール換算で16g程度にすぎないのです。限度を超えれば宿酔地獄が待っています。この責め苦を日夜ムリに重ねていけば病気になるのは当然です。

アルコールの向精神薬的効果もこうなれば体の随所の神経叢に影響をきたします。からだの疾のみならず、こころの疾におちいることになるでしょう。

一方で、許容のらち外、すなわち閥値を超えてまで飲む癖をもつ人たちの行きつくところが「アルコール依存症」です。

ブラック・アウトをくり返しながら、酒杯のピッチを上げるにしたがって、もはやあともどりのきかぬジェットコースターにその身体を乗せてしまいます。あげくのはてはアル中専用病棟での入院治療ともかりなねないのです。

ここにいたって、もはやアイデンティティは喪失し、せっかくの「自分探し」の夢も見はてぬ夢と散ることになるでしょう。

夢と散らせぬ道はただひとつ。平凡な事実ではあるが、からだに乱れをおこす源を知りつくし、おのれの酒的限界すなわち開催内にとどめることしかないのです。

死ぬまでアルコールとつきあうためには、まずみずからの酒量の開値を知ることが前提です。みずからの意思によってとる酒の量を制御し、日々たじろぐことなくひとり静かに、この「豊饅なる五穀の粋」を味わえる者だけが真の酒豪、酒仙の資格をもつのです。

つまり、あなたが「現代の酒豪」たりうるかどうかは、あなたみずからの意思で、日々とる酒の量を自在にコントロール可能かどうか?

心構えだけでなく、行動そのものが決定するものなのです。

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