酔ったからこそ知り得る体のこと

2018-05-04

飲兵衛の息はなぜ臭いのだろう?

洒の香りはじつに芳醇です。飲兵衛にとっては、この香りには抗しがたい魅力です。しかし、ひとたび体内にはいったあと、飲んだ人の吐く息、立ちのぽるにおいは、ご存じのようになんとも形容しがたい「悪臭」となります。

これはなぜでしょうか。順序として、最初に、酒を飲んだときには、体内でどのような過程をたどるのかという点から考えてみましょう。
アルコールの最大の特徴は、なんといっても吸収されやすいことです。物理的特性をあげると、アルコール( エタノール) は化学用語でいうところの低分子物質です。
つまり構成している分子量が小さいので細胞膜での透過性が高いのです。

したがって、組織のなかに直接とりこまれる性質をもっているふつうの食べものは、胃や腸などの消化管で、いったんドロドロにこまかくし、粘膜を通過できる分子量にまで小さく分解処理をおこなわなければなりませんが、アルコールの場合はこの消化の過程が省略されます。
となると、体内でのアルコールの吸収は、洒を含んだ口腔内でただちに開始されます。しかし、吸収される量は、アルコール分子の大きさに比例するため、口腔内での吸収は飲む酒の濃度によって少々異なります。

また、滞留時間とも比例します。ブランデーやウィスキーなどを飲むときには、舌への快い刺激とともに鼻腔に満たされる芳醇な香りを愉しむ過程がくわわるためやや長めとなりますが、ビールなどの場合にはほとんど一気にのどへとむかいます。

つまり、酒の種類や飲みかたで一定ではないことになるのですが、口腔内で吸収される分量は、平均的にみて酒量の3% 程度といったところです。

食道ではほんの少々。胃では17% 程度を吸収しています。残りの80%ほどは十二指腸・小腸で吸収する、というのが現段階での定説となっています。

小腸はもともと養分の吸収をになっている器官なので、残りの全部はここで吸いあげられて打ちどめとなります。口腔内から小腸までの粘膜から吸収されたあと、アルコールは血管にはいります。めざすゴールは肝臓です。血液はおよそ20秒で体内を1周します。

つまり、吸収されたアルコールもおなじスピドで体内の臓器や組織に到達します。ところで、アルコールにはもうひとつの物理的特性があります。

それは、水に溶けやすいことです。これはブランデーやウィスキーなどの製造時に、いったん高濃度に蒸留した原液を水でもう一度、一定アルコール濃度に薄める過程がとられていることなどからも、容易に理解できるはずです。

この性質は体内でもかわりません。吸収されたアルコールは、まず血液の流れに乗って全身の組織にゆきわたります。とりわけ水分量の多い臓器ほどアルコールを多めに蓄積します。

具体的にいえば、脳、腎臓、肝臓などです。ミクロにみれば、アルコールは全身の血管をめぐつて、最終的には門脈という経路から肝臓にはいります。
肝臓はアルコールの分解工場ともいうべき臓器であり、大部分はここで代謝されることになります。

各臓器や組織にとどまっていた残存アルコールも、いずれは肝臓にむかうことになります。しかし、肝臓にはいって代謝されるアルコール量は、全飲酒量の80%以上とはされているものの、すべてではないのです。

途中、肺で酸素と炭酸ガスが交換される際に呼気(吐く息)にでたり、汗やそのまま尿にかわるからです。飲んだ量の2~10% は、このように肝臓で代謝されずに「漏れていく」と推定されています。当然のことながら、このガス交換によって吐きだされるアルコールが、飲兵衛の吐く息のアルコール臭の最大要因となるのは言うまでもありません。

臭いのもと

ところで、尿以外のルートから体内の水分がでていくことを「不感蒸泄」といいます。不感蒸泄には呼気にでるものと発汗によってでるものがあります。

なぜこのような作用がおこなわれているのかといえば、最大の要因は体温の調節です。体温を一定(体内温は37度である) に保つために、人は無意識のうちにこの不感蒸泄をおこなっています。

われわれの体内で水分にかわる原料は、口から入る液体としてとるものだけではないのです。固形の食べものであっても代謝されたあとのいくらかは水に変化しています。

これを「代謝水」というが、これだけでも食べた量の1割以上を占めています。したがって、この代謝水も不感蒸泄源となります。

アルコールのもつエネルギー量は1g あたり熱量7kcalです。アルコールが肝臓で代謝される量は、体重10kgあたり1時間1gがめやすとなります。

これは体重70kgの人でも1時間あたりわずか7 g程度です。清酒に換算すればたったの1合、ビールなら大瓶1本が、3時間を要する計算です。

しかし、アルコールの熱量が1g あたり熱量7kcalというのは、あくまで計算上のことです。体内で利用される正味は5kcal であって、あとは直接熱源となって体温の上昇作用などをおこなっているのです。

飲むと、このアルコールによる体温の上昇作用も影響します。また、アルコールには血液の流れに乗って血管を通過する際、血管壁を弛緩させて広げる作用もあります。

血管が広がると血流量が増えます。血管が広がれば、体内深部のあたたかい(37度の)血液が大挙して皮膚の表層にでます。

このため、からだが熱くなる。熱くなれば、不感蒸泄作用も活発となります。飲んだときの不感蒸泄のうち、とくに呼気(吐く息)ににおいをもたらしているものの多くは、アルコールが代謝されたあとにでる産物、つまりアセトアルデヒドや酢酸のにおいではないかとにらんでいます。しかしそれだけではなく、代謝されずにそのまま拝発状態となったアルコールや、体内で固形食物からかわった代謝水によるものもくわわっているかもしれません。このため、飲みはじめや早々にきりあげたときなどは、呼気や発汗による不感蒸泄はまだアルコールの血中濃度が高まって、神経系統に麻酔をかけることになります。

つまり酔いがはやまる。「すきっ腹にきく」とよく言われます。悪酔い現象のひとつの原因に、消化管で生じる「乱れ」があります。胃の神経をつかさどっているのは、副交感神経系で、よりこまかくいえば迷走神経がそれをコントロールしています。

脳から出発して胸部、腹部の多くの臓器のうごきをコントロールしている迷走神経は、持ち主の意思ではうごかない自律神経系に属しています。
食事もとらずアルコールだけがはいってきたときには、この神経のはたらきが乱れて、胃を不規則に収縮させます。
いわば神経が驚いて、胃がしゃっくりをおこす状態です。これが嘔吐につながります。吐けば気分もわるくなるのは当然です。。これが悪酔いの原点です。

ところが、最初に、かけつけ3杯などとイッキ飲みまがいの飲みかたをしたときには、吐くことによって気分が持ちなおし、あとはシラフ同然にお酒がすすみます。
一見、魔珂不思議に思えるこのカラクリを説明すると、つぎのようになります。

吐くときにでるものは、当然、胃内にある食べものです。あまりモノを食べずに、つまり胃がカラッポの状態で高濃度のアルコールを流しこむと、じつは胃の出口である幽門が締まって、十二指腸への搬送機能が自動停止します。

つまり、十二指腸に送りこまれるはずのものが、胃でストップしてしまうのです。しかも、それが嘔吐により吐きだされてしまうとなると、その80% を腸で吸収されることになっているアルコールは、胃でわずかに吸収されただけで体外に排出されます。

したがって、この状態ではからだの側は、じつは、ほとんどシラフに近い状態になります。そこで、一度吐いて胃のなかをクリアーにしたあとは、ふたたびスタート台にもどったことになるのです。ひとたび気分がスッキリすれば、「では最初から」ということになり、スイスイ飲めるというわけですが、いずれは2杯が3杯と重ねゆくままに血中濃度は上昇し、飲むピッチもはやまって、かなりの量に到達してしまうのです。

いかんせん、平均的な飲兵衛の場合、24時間での肝臓の代謝能力は純粋アルコール換算で160g程度であって、日本酒なら6合、ウィルキーではボトル半本がリミットです。

ところで、飲んだかたがたの顔は、真っ赤になります。顔が赤くなるのは、直接的にはアルコールのもつ血管拡張作用のためです。アルコールには、あわせて心臓の拍動数を増加させる作用もあります。血管がひらいて心臓のポンプ機能がたかまれば、当然からだの中枢部から熱いままの血潮がドッとでてきます。
それが皮膚表面に広がった末梢血管に反映されます。

一方、酔いがまわるにつれて顔色が青くなる人たちもいますが、これはだいたい、すでに大量のアルコールの常飲によって血管がマヒして広がらなくなったためです。

飲んだあとにおとずれる地獄

では、アルコールをどれだけ飲めば、このような現象があらわれるものなのでしょうか。最初は気分さわやかであり、陽気になる。抑制がとれるにしたがって、体温が上昇する。やがて、気が大きくなり、大声でがなりたてはじめます。そして、千鳥足になります。酒量による個人差を度外視すれば、酔ったときのこのような行動のほとんどは、飲兵衛なら十分ご承知のものばかりでしょう。

立てばふらつく「ほろ酔い極期」あたりで酒杯を伏せられれば、あとに問題を残すことはないのですが、祝宴の場などで往々にして度をすごすことになるのは言うまでもありません。すなわち、吐き気以外の症状があらわれはじめるのです。

おなじことを何度もくり返ししゃべる。呼吸がはやくなる(過呼吸)、まともに立てなくなる、頭がガンガンする、支離滅裂となる…これが悪酔いです。

悪酔いは、おおむね飲んだアルコールの量と比例する。一時に摂取されるアルコール量には限界がありますが、同時に食べる固形物(肴などの副食物)の量にも限界があります。

とくに食べる量が少なかったり、最初の段階から濃度の高い酒を多く飲んだときのほうが悪酔いしやすいことは、言うまでもありません。し

では、二日酔い(宿酔) とはなんでしょうか。かんたんに定義づけておけば、「宿酔とは、飲酒して8~24時間前後にあらわれる頭痛、悪心(きもち悪さ)、嘔吐、腹痛、下痢、頻尿、振戦(手足や全身におよぶふるえ)、心悸冗進(心臓のドキドキ)、過呼吸、発汗、頻脈、血圧降下、その他の「不愉快な自覚症状のでる状態」 のこと」です。

おわかりのとおり、飲んでいる段階から直後にかけてでるのが悪酔いであって、酔いのさめかかった段階ででるのが二日酔いです。

症状には重なるものもあるが、正常な意識をとりもどしつつある後者のほうがおおむねつらいものです。
このような現象のうらには、どんなカラクリが隠されているのでしょうか。ちなみに、この二日酔い現象は、アル中者の「退薬症候群」(禁断症状のでる病態)の原形ともみなされています。

つまり、禁断症状のでる最初の段階は、絶えまのない二日酔い現象からはじまるというわけです。

そのひとつにアセトアルデヒドの問題がある。アルコールの代謝過程は、まずアルコールからアセトアルデヒドにかわります。ついで、アセヽトアルデヒドはアセテート(酢酸)にかえられます。

アルコール→アセトアルデヒド→アセテートと、体内でアルコールが乗って走るのはすべてA列車です。最終のアセテートはあまさずエネルギー源として人体の各所に運ばれます。

鈍行急行いずれであっても終着駅は体内津々浦々の細胞である。細胞にいたってすべてがめでたく水と炭酸ガスに分解されれば、問題は生じません。ところが飲んだ酒の量が肝臓の代謝機能をオーバーしたときには、代謝しきれなかったアセトアルデヒドはそのまま血中にでます。

この血中を泳いでいるアセトアルデヒドがもたらす症状がすなわち二日酔いだとする人も多いのです。この説にしたがえば、二日酔いの原因の第1は、アセトアルデヒドの毒性です。ただし、この説の弱点は、実際に二日酔い症状がつづいている人の血液を調べてみると、この段階ではすでに血中アセトアルデヒド値がかなり低下しているというところです。

ここで、この説をとるかぎり、飲兵衛たちは幻によって復讐されつづけているということになります。

二日酔いの症状は、ある意味で糖尿痛と似たところがあります。飲んだあとでは血糖値が低下しています。そこで、二日酔いとはかるい低血糖状態、つまりインスリン非依存型の糖尿病とおなじではないか、という説もあるのです。た

しかに二日酔いの症状と糖尿病の症状には共通点が多いのもうなづけます。たとえば、糖尿病の典型的な症状でもっとも多いのは、口の渇き( 口渇)です。激しいときは夜間枕元に水を置いておき、たえず飲まないと渇きがおさまらず(多飲)、したがってトイレに通う回数も多くなります(多尿)。

また、全身の疲れや体のだるさ(倦怠感)を訴えるようになります。脱力感や、足のだるさ、こむらがえりを訴えることもあります。もっと症状が進んで「ケトアシドーシス」と呼ばれる病態にいたったときには、頭痛、悪心、嘔吐などの症状もでるでしょう。

しかし、二日酔いの人に糖を与えても症状は改善しません。そこでこの説にも×印をつける専門家が多いのです。二日酔いの状態では、体内で乳酸やアセト酢酸などという有機酸が増えています。

有機酸が増えると体内の血液が酸性にかたむきます(アシドーシスという)。そこで、二日酔い=体内のアシドーシス説も言われています。

しかし、重曹などのようなアルカリ物質を注入してアシドーシスを補正しても、残念ながら二日酔いの症状はとれません。ついでながら、乳酸は疲れた筋肉中で増える物質だが、この物質が血中でも増加がみられるときは、やはりからだも疲れて
つまり、「飲み疲れ」したときには乳酸が増えます。たいていの場合、疲労が回復した翌朝の時点で、乳酸はふたたび糖質(グリコーゲン)にかわっていますが、大酒を飲んだ翌日には、のこった乳酸が二日酔い症状のひとつとしても起こります。

酒を大量に飲むと、トイレに通う回数が増えます。頻繁にトイレに行けば脱水症状をおこします。二日酔いはこの脱水症状が犯人ではないか、という疑いがもたれました。そこで、二日酔いぎみのときには、とにかく水分補給が第1となる。実際にもこれは有効です。
悪酔い、二日酔いを避ける水の飲み方
だが、これはあくまで結果論であって、それを原因説とみなすのはいかがなものか、と考える研究者のほうが多いのです。最近では、アルコール=ホルモン影響説というのもでてきているほどです。

昇圧物質としてよく知られているものにノルアドレナリンという副腎髄質から分泌されるホルモンがあります。ノルアドレナリンの分泌は一般に強い緊張状態(いわゆるストレス)のあるときに高くなります。

このホルモンには細小動脈(毛細血管にいたる直前の動脈)を収縮させるはたらきがあり、それが血圧を上げているのです。アルコール依存患者の尿を調べると、このホルモンの排出量が増えています。

つまり高血圧ぎみになっているのです。アル中者の心悸元進や頻脈などの症状は、降圧剤の投与で消えます。だから二日酔いもそうなのではないか、という説です。

いずれの説もー長一短の感があって決定打にかけます。つまり、人がなぜ二日酔いをするのかというカラクリは、現状ではまだ仮説の域をでていないのです。

なお、大酒家は、急に飲酒をストップすると禁断症状がでることがあります。逆に、二日酔い状態のとき、アルコールの摂取を再開すると症状が軽くなります。いわゆ「〝迎え酒」です。

ただし、なぜきくのか、その理由は二日酔いのカラクリ同様によくわかっていません。およ飲兵衛たるもの、歳ふり酒を修業の経験をつむにしたがって悪酔いの回数が減り、二日酔いの残る日が多くなるようにも思えます。

とはいえ、二日酔い→迎え酒のくり返しがアル中への道程であることだけはたしかです。

二日酔いに特効薬はあるか

では酔いを遅らせたり、二日酔いを防ぐ手だてというものは、現実にあるのかどうかです。生理的法則からすれば、1回に飲む洒の量を、その人にとって代謝可能な開値内でおさえることしかありえないのです。

つまり、少量にとどめるのみということになるが、これはわれわれ飲兵衛にとってなかなかの難事業。となると、それぞれの臓器ででる症状を、いかにかるくするかというテクニカルな対症療法しかありません。

悪酔い二日酔い、いずれの場合でも、飲兵衛にもっともコタえるのが悪心・嘔吐などの胃腸症状です。まず、この間題から考えてみたいと思います。解決策から先にいえば、よく新聞の家庭欄などで紹介されているように、「飲むときには、かならずなにかを食べる」ということです。
それは副食物が胃腸粘膜を保護するためです。しかし、それだけではありません。食べもの(固形物)が吸収されるためには消化の過程が前提となっています。

胃に固形物のある状態では、下へ順送りされる時間が遅くなり、そのぶんだけアルコールの吸収も遅れることになります。つまり、一度に大量のアルコールが吸収されるのを防ぐことに意味があります。

もっともこのテだけでは、結果的に体内に大量のアルコールがはいったときに、いずれ復讐されるという点で、依然として問題は残ります。

そこで、どうせとるのならもっと積極的に、体内でのアルコール代謝を促進するはたらきをするものをとったほうがよいということになります。そのようなアルコール分解の「お助け物質」としてはたらくものもなくはないのです。

それがビタミンです。より正確にいえばビタミンB1・B2、ビタミンC です。ビタミンB2の多い食品には、ヤツメウナギを筆頭に、焼き海苔、レバー、干しシイタケ、魚肉、ハム、メザシの丸干し、サバの塩焼き、チーズがあります。ヤツメウナギはともかく、あとはどれをとっても十分に酒肴となりうるものです。ビタミンCは緑黄色野菜に含有量が多いのが特徴です。

例をあげれば、パセリ、ピーマン、プロッコリ、松菜、はうれん革、カブの葉っぱ、などです。
、ビタミンC( 別名アスコルビン酸)という酵素は、たいていの動物では体内でつくられるのですが、なぜか人、サル、モルモットには体内にその製造工場がありません。このため、人は飲酒時だけでなく、日常の場でも緑黄色野菜果物の摂取が必要不可欠となります。

成人が必要とするビタミンCの1日量は50mgとされています。たかだか柿は1個であって、レモンなら半個強でまにあう量です。。

そこで、飲酒のときには、事前に柿などの果物を食べる、ないしはアルコールや肴にレモン汁を落としてみることも効果的です。

ドリンク剤にビタミンC入りのものが多いのもそのためです。

肉魚に多く含まれる「システイン」という蛋白があります。このシステインには宿酔の元凶のひとつとみなされているアセトアルデヒドの無毒化作用のあることが認められています。

ただし、ものにはほどということもあります。野菜や肉魚ばかりをもりもり食べたところで、二日酔いゼロというところまでにはいかないのは言うまでもありません。

二日酔いの症状には、一見、糖尿病ふう、脱水症状、一見高血圧ふう、動悸、頭痛、立ちくらみみというように、からだの代謝異常や腎臓障害、循環器障害を思わせるようなものが多いのです。ということは、その解消のためには、それぞれの病気治療に類似した「治療」を要することを意味しているのです。

しかし、成人病であるこれらの症状の治療そのものも、現在の医学水準をもってしても、けっして容易ではありません。つまり予防法も同様であって、有効策はないんのです。基本的には、症状のでたあとに、個々の症状にたいする治療、たとえば頭痛に対しては鎮痛剤を服用する、脱水症状なら水分を多くとるなど、それに見あった方法をとるしかありません。

それ以外によくいわれるあのテこのテは、かりにそう信じておこなう人にとってはきくことはあっても、一般論として語られる場合は、すべてウソだといわざるをえないのです。とはいいながらも、古来から知恵者、酒豪でなる人たちが考察した二日酔い退治の方法を考えてみましょう。

何はともあれまず胃袋の薬、胃薬を飲むことです。それから、何か無理してでもいいから、少し食べることです。牛乳を飲むのがいいとされていますが、牛乳をのんでもよし、迎え酒をするのも悪くないのです。現在、私がもっとも尊重している処方は、熱い番茶に梅干しを入れて、すりつぶして飲むことです。

その梅干しも、小梅ではなくて、熟れている大きない梅干しです、それをぐちゃぐちゃすりつぶして、熱い熱い番茶に入れて飲むのです。これは理論的にも適っているんであって、まことによろしい民間療法です。

後はもう一度繰り返すけれど、忍あるのみです。「梅干し療法」がよくきくと推奨していますが、その前提は胃薬を飲むことです。また、きかなかった際、あとは忍の一字あるのみ、とその効用に限界のあることを認めています。残念ながら、万人に通用する民間療法、特効薬のたぐいはない、というところに行き着きます。

血中アルコール漉度が下がらないと危険

酔うという現象は、血中でのアルコールが人の行動を支配している神経系に麻酔をかける作用です。このアルコールの代謝(分解処理)は肝臓でおこなわれます。アルコールがアセトアルデヒドにかわり、アセテート(酢酸)にかわり、最終的に水と炭酸ガスとなれば、もろもろの悪さの原因も消失することになります。

つまり、陶然とするのも悪酔いするのも肝臓のはたらきしだいだということになります。日本人の場合、成人男性で約1.5kg(女性では1.2kg) の重さをもつこの肝臓への血液の搬入経路には、静脈系の門脈と肝動脈の2本のルートがあります。

その他の臓器や細胞から血液(静脈)によって集められてきた物質は、肝細胞にそのまま送りこまれて、からだにとって都合のよいほかの物質に化学的に変換させられます。肝臓への血液搬入の7割は門脈でおこなわれており、心臓から直接血液が供給される動脈系を通らない。アルコールの搬入もこの門脈ルートです。

肝臓の働きとしては糖質→脂質の変換などがその代表的なものですが、同時に有害な物質の解毒化もおこなっており、薬物などのように本来的に体内には存在しない物質もここで代謝されます。

そして、アルコールも当然しかりです。このようなはたらきをもつところから、肝臓はよく体内の「化学工場」にたとえられます。

さて、この化学工場たる肝臓でのアルコールの代謝には、正確には3段階の過程があります。最初はアルコールがアセトアルデヒドにかわるまでのもので、つぎはアセトアルデヒドからアセテート(酢酸)への過程です。そして、最終段階はアセテート が炭酸ガスと水に分解されます。第一段階のアセトアルデヒドにかわる経路には、およそ3つの経路(系)が
あります。

  1. アルコール脱水素酵素(ADH) による代謝系=ADH 系。
  2. これがメインコースです。ふだん1滴も飲まない人の場合もそうですが、一般の飲兵衛の場合でも飲んだ量の8割以上が、このADH系で処理されています。

  3. メオス(MEOS =ミクロゾームエタノール酸化系)という酵素による代謝系。
  4. おもに薬物を処理している系であるが、飲兵衛の場合ADH系で処理しきれなかったものは、このメオスで処理されています。

  5. カタラーゼという過酸化水素を分解する酵素による代謝系。
  6. じつはこの3の系が実際に働いているのかどうかは専門家の間でも議論が分かれており、2、3をまとめて非ADH系とする説もあります。

一般に、飲兵衛では下戸にくらべてバイパスたる2のメオス系が発達している。理由は明快です。飲酒がそこそこの量(つまり肝臓からみての適量)であれば、本流たる1 のアルコール脱水素酵素だけで十分ですが、飲兵衛では分解許容度をこえることが少なくないのです。

こで、ふだんは薬物などの代謝をもっぱらとする2の系が「助っ人」役をひきうけているということです。ただし、どの経路であれ、「アルコール摂取量」「血中アルコール量」「血中でのアルコールの停滞時間」の3者には相関関係があります。

つまり、酔いの深さと持続時間は、各人の代謝系の能力プラス摂取量によって左右されることになります。第二段階のアセトアルデヒドから酢酸への分解過程は、肝臓内でもアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)という別の酵素が受けもっています。

アセトアルデヒドの九割方は肝臓で分解される。また、ALDHのはたらきはADHの分解能力にくらべて4~5倍と強力です。このため、ここで飲兵衛とってひとつの興味ある現象が生じます。

飲みはじめから2軒目へというあたりまでは、「におい」の項でも述べたように、じつは肝臓内ではアルコールがアセトアルデヒドにかわる時間より、アセトアルデヒドから酢酸への分解過程のほうが早いのです。そこで、計算上、このほろ酔い段階では、血中にでるアセトアルデヒドはきわめて低濃度になります。

分解の活発なこの段階では、本人には酔ったという感覚はまずありません。それで、もう1軒行こうか、ということになります。2軒、3軒とハシゴをする過程でじょじょに蓄えられたアルコールが増えてきて、打ちどめないしは寝ようかというあたりから、体内ではALDHがはたらいて、アルコールがアセトアルデヒドにかえられるエ程と、それ以降のアセトアルデヒドから酢酸、酢酸から水と炭酸ガスにいたる処理工程が、やっと順送りとなっていくのです。

そこで、長時間かけて大量に飲んだときや、2軒、3軒とハシゴをしてALDHによる処理がまにあわなくなった状態では、血中アルコール濃度が急激にたかまっていくことになります。

この段階では、千鳥足から支離滅裂な行動などの酔態が出現してくることになります。くり返しになりますが、神経系に麻酔がかかって足をとられてフラつきはじめるのは、アルコールの血中濃度が0.16~0.3%の段階です。

判断力がややにぶるのはもっとまえの0.02~0.04%のほろ酔い段階からです。ほろ酔いの段階では、飲んだ人の多くは中枢神経に麻酔がかかったという自覚はありません。

吐く息のくささもわずかです。まあこの程度ならネズミ捕りにかかるはずないと勘違いします。くわえて、精神が大脳の支配をはずれてへンに高揚しているため、麻酔が知覚運動神経におよんでいるとは思いません。

車に乗る。と、どうなるか。飲酒運転者は、車に乗った時点では頭のネジがはずれているという自覚はほとんどない…となります。

酔うとトイレが近くなるのは

飲酒と切ってもきれないのがトイレが近くなってしまうことです。この生理現象はどのようなカラクリにもとづいているのでしょうか。

人のからだに含まれる水分量の総和は、体重のおよそ6割です。脂肪の多い人や逆に枯れた高齢者ではやや少なめとなるが、それでもその人め水分比率はつねに一定です。
体内での水分比率は、人によって多少の差はあっても、日々の食事量や夜ごとの飲酒量などで、持ち主の意思や勝手都合でかんたんに変動したりはしません。

体内水分のはいる量とでる量はつねに等量で、からだが不要と判断したぶんは、腎臓機能が正常なかぎり自動的に排出されるしくみです。また、水分の排泄機構のほうも、かならずしも尿だけが担っているわけではありません。便で少々、あとは「不感蒸泄」として汗と呼気(吐く息)ででています。

汗をかくほどに大声をだせば、のども渇く理屈でもあります。水分がもっとも多量にでている場所はじつは口です。われわれが日々とっている水分量のうち4分の3までは、なんと呼吸作用に(鼻腔、肺、気道などの潤滑剤として) 使われています。

医者は体内水分のことを「体液」といいます。血液や精液もその一種です。この体液(体内水分)は、細胞膜の内側にある液、つまり「細胞内液」と、それ以外の「細胞外液」の2つの領域に分別されます。体内にある水分の3分の2は生命の基礎単位としての細胞内液で、残りの3分の1が細胞外液という構成です。

この細胞外液量のコントロールに関与するカラクリには、腎臓での血液のうごき、それにからむ神経系(交感神経系)のはたらき、血中および体内随所にある各種のホルモン関与、と3つの要素があります。細胞内液と細胞外液はつねにせわしなく出入りしている。仕掛けのもとは細胞膜の内と外の浸透圧の差です。

また、そのコントロール役をしているのは外液側にあるナトリウムと、内液側にあるカリウム(厳密にいえばそれぞれのイオン濃度)です。ふだん内液と外液は等張(おなじ濃度)に保たれている。ところがときとして濃度に差がある状態になることがあります。

たとえば、暑い日ざしのなかを歩いたり、運動をしたようなときには、だれしも汗をかくでしょう。このようなときには、発汗によって体内の水分量が奪われています。逆に、からだの側では「予期せぬ」水分がはいってくることがあります。まさに飲酒時です。

しかし、生身のからだは凍り豆腐やクサヤの干物ではない。細胞は水分が多すぎても少なすぎても正常な活動ができないのは言うまでもありません。
だからといって、細胞内の水分量を勝手に絞りだすわけにもいかきません。そこで、細胞内の水分が過剰になると、外液の濃度を高くしてよけいなぶんを外液側ににじみださせて、水ぶくれを防ぐ仕掛けとなっています。

いってみればこれが尿の原液となります。この水分の体外排泄メカニズムでは、とりわけ外液側にあるナトリウム(塩分) の濃度と量がポイントとなります。ふだんは高血圧や脳卒中の元凶と、とかく嫌われもののナトリウムですが、こと体内では貴重なはたらき手です。

とにかくこれなくしては水分の体外排出機構が成り立たないからです。生体が正常に機能しているかぎり、体内でのナトリウム濃度はつねに一定に保たれています。

ナトリウムが不足ぎみのときには尿をつくる段階で、腎臓の糸球体という器官が濾過して尿細管できっちりと回収しリサイクルします。体内はすぐれてエコロジカルな構造なのです。
塩気の多いものを食べた場合、よぶんのナトリウムは尿にほうりだしてしまいます。そしておよそ5日もたてば、体内ではちゃんと以前のナトリウム濃度に回復するしくみとなっています。

体液中のpH(アルカリ・酸性度) も水素のイオン濃度によってたえず7.4 と弱アルカリ性に保持されています。ところで、体液のpHが弱アルカリであるところから、アルカリ食品はからだによいという人がいます。そのこと自体は間違っていないのですが、エスカレートして、酒を飲むときにも、アルカリ度の高いもののほうがからだにいい、と早合点する人がいますがこれは間違いです。

しかし、別段、辛口の清酒を飲もうが、ワイン(アルカリ性の洒〉を飲もうが、梅干し(アルカリ性) を肴にしようが、体内でのpHレベル(酸塩基平衡)は不変であって、人体におよぼす影響はまったくないのです。

酔いざめの水のうまさよ

細胞内の水分量を調節している浸透圧は、じつにデリケートな働きをしているのです。1%も変動するとからだが大混乱をおこします。これは、飲みすぎたときの血中アルコール濃度度どころの比ではないのです。浸透圧のはたす役割は、もっと根源的な生命維持とかかわりをもっており、pHレベルはじつにに少数点ナン桁というところで、つねに自動的に微妙にコントロールされているのです。

したがって、ごくわずかな変化が生じても、生命に危険がおよびかねないのです。それはおいておくとしても、たとえ眠っているときであっても、体内ではたえまなくこの調節活動が継続しています。

一例をあげれば、人の細胞総数は60兆個にもおよびます。いわゆる新陳代謝によって、体内では1日に2%の細胞が入れかわっているのです。

ひとくちに2% といっても1兆2千億個です。この結果でてくる老廃物は、尿と便で排出されることになります。これが外的条件で変化させられるケースがでてくるのです。

たとえば、炎天下の街路を汗ダクになって歩いているような場合、当然、からだの皮膚表面では不感蒸泄が活発となるのは当然です。体内からは水分が失われていきます。失われるのは細胞外液の部分です。そこで、しだいに外液は濃縮された状態になって内液と外液の浸透圧に差が生じてきます。放置したままだと浸透圧の差はますます大きくなります。

そこで、その差をなくすために細胞内の水分を放出することになるのです。内液からこれ以上絞りだせないというところまできては、生命が危険です。そこで、細胞にとってこれ以上細胞内からはだせない点、つまり「警戒水域」にはいった段階で、体内随所に張りめぐらされたレセプター(受信器)がすばやくキャッチして大脳に警報をだすのです。

このときセンサー役をはたすのが、大脳の視床下部というところでつくられている「バソプレッシン」(ADH)という抗利尿ホルモンです。
抗利尿ホルモンとは名の示すとおり排尿を妨げるはたらきをするホルモンです。警報受信後にこのホルモンが分泌活動をはじめると、それに連動して腎臓がそれまで体内水分からせっせと絞りだしていた尿の生産をストップさせます。

このとき、バソプレッシシは同時に大脳にたいしても、のどの渇きを示すシグナルを送ります。これが脳に伝達されると、脳内にある口婦中枢というところが刺激されます。その刺激にこたえて、われわれは水を飲みあmす。

とりこまれた水分は細胞外に水分を放出して瀕死状態の細胞内に必要な水分を補給します。体液全体の浸透圧が下がり、細胞内外の液が等張になった時点でバソプレッシンの分泌も低下し、腎臓も尿の濃縮作用を止めます。

これがただの水の場合は、補給された時点で口渇中枢への刺激がとまって、美味しかったなでおしまいです。
では、アルコールの場合だとどうなるのでしょうか。

じつは、酒を飲んでいるときには、抗利尿ホルモンの分泌機能はあまり作動していないのです。頻繁にトイレに行って外液を排出しているにもかかわらず、腎臓での尿の濃縮化(体内水分の再吸収)作用も止まっていることを意味します。

腎臓が水分の再吸収を忘れるのは、アルコールそのものに利尿作用があることも影響します。つまり体内の余計な水分をはやく放出してしまえとアルコールみずからが要求するからです。
だからといって、アルコールに命ぜられるまま放出をつづけていれば、やがては前に二日酔いのくだりでも述べたように、かるい脱水症状につながっていくことにもなります。

そこで、シラフにかえったころには、細胞内では浸透圧が上がった状態がふたたびくり返されるという現象が起こっているのです。ふたたび口渦中枢が刺激されます。この段階では(気分のうえでは二日酔いぎみなこともあって)、たいていの場合、冷水を飲むことになります。

脱水状態での水分補給は、通常の場合に倍してからだが反応する。これが飲兵衛にはおなじみの覚せいの水の味わい、それにつけても「酔いざめの水のうまさよ」となるんです。

ちなみに、腎臓の専門家は、抗利尿ホルモンの分泌をストップさせていれば、毎時1.2Lの水を飲みつづけていても、人体からは同量の水が排泄されると証言しています。

この伝でいえば、体内にアルコールを入れひんばんにトイレに通うケースとは、当然、抗利尿ホルモンの分泌が抑制されている状態だということになります。

かなり手のこんだ話となったが、ようするに体内ではナトリウムが浸透圧を微妙にコントロールしているということがなんとなく理解できれば、とりあえずよしということにしておきたい。ともかくアルコールをとったときのトイレ現象と、酔いざめの水のうまさの関係をかけ足で説明すると以上のような理屈となります。このはたらきをつかさどる最大の臓器は腎臓です。このとおり腎臓のはたらきは巧妙にして精微です。

そこで飲兵衛はすべからく腎臓に感謝、乾杯の義務を負うべきでしょう。また、このようなからだのしくみ、巧まざる「摂理」が、人すべてが備えているホメオスターシス(生体恒常性)なのです。

酒+肴=肥満

話題を、液体から固体つまり「肴」のほうへとかえましょう。では、ものをいっしょに食べながら飲んだときには、どういう事態が生じるのでしょうか。

いったい酒を飲むと、熱量すなわちカロリーはどうなっているのでしょうか。アルコールには1 g あたり7kcal(正確には6.7kcal )の熱量があります。

しかし、肝臓でそのまま熱として燃やされるのはそのおよそ3分の1程度で、あとの3分の2は肝臓外でのエネルギー源にまわされているのです。

酒を飲んだとき、その熱量をからだ全体が利用するのはもっばら後者のほうなので、したがって、アルコールの熱源としての利用効率は正味65%程度ということになります。
残りの35%は、肝臓にたいする税金のようなものと思っておけばいいでしょう。
いずれにせよ、この65%×アルコール量(g)×6.7kcal が、その日の飲酒でとった総カロリー量だということになります。

カロリーではなくて、肝臓の代謝能力からみた場合、平均的な飲兵衛の24時間での上限は、純粋アルコール換算で160 g程度(日本酒なら6合、ウィスキーではボトル半本というところ)です。

その算定基準の根拠は、くり返すように、成人でのアルコールの平均代謝量が体重1 kgあたり一時間0.1gです。したがって、160 gというのは体重65 kgの人での計算です。

これはどんな人にでもあてはまる計算であって、巨漢であれば、物理的にはもっと大飲可能という理屈にもなります。しかし、かりに日本酒6合程度が飲むほうの上限だとしても、飲兵衛の場合には、看でとるカロリーがプラスされます。

ということは、これまた単純計算ではあるが、アルコールの熱量(×65 %)に食べた肴の熱量がプラスされることになります。

あとの具体的な計算は個々の飲兵衛におまかせするとしても、たいていは太る理屈となります。

ところが、これとは反対に、いわゆる「やせの大食い」ないしは、ツルのようにやせた大酒家たちもいます。この人たちはなぜ太らないのでしょうか。

肥満の原因は、カロリーオーバー(摂取量が消費量を上まわる状態)とあわせて、太る因子をもつ細胞の数や大きさなどの性質が関与すると説明されています。

いわゆる体質的なものですが、これはかならずしも先天的なものだけではないのです。人並み以上に飲み食いして、しかも、ふだんあまり運動らしい運動もしてないような人たちがいます。まことに不思議というほかないが、彼らが太らない理由を、まだわたしは知りません。といったところから話を少し軌道調整しましょう。

ものを食べる際の基本は、中学校の教科書でも「からだの血となり肉となり活力のもととなるもの」と書かれているように、糖質、脂質、蛋白質のいわゆる「三大栄養素」です。これらの栄養素は生きていくうえで欠かせぬ要素ですが、体内ではそれぞれ、目的に応じて必要とされる物質に交換しています。

つまり自在に分解、合成をやっているということです。なお、人を含めすべての哺乳類にとって、この三大栄養素の理想とされる熱量摂取比率は、糖質70% 、脂質15% 、蛋白質15 % です。(いうまでもなく、アルコールはそのいずれからも排除されており、ただカロリーを増やすのみの存在です。)。

体内で融通無碍にかたちをかえるからといって、栄養素はひとつだけとっていればすむというわけにはいかなでしょう。

たとえば、糖質の体内での名称はグリコーゲンです。1粒で300 m走るグリコの広告からもわかるように、糖質(および脂質) はもともとがエネルギー源です。ですが、蛋白質だけは別格です。これはからだの構成要素にまわります。したがって、蛋白質だけは1日に体重1 kgあたり1 g弱はとりつづけていないと、からだが壊れてしまいます。

ここで、飲兵衛にもうひとつご注目いただきたい点は、食べものをとった際の、肝臓のアルコール代謝能力との関連です。医学界で報告されるこのたぐいの検証例は、おおむねがネズミを使った実験です。
昔からネズミが米を食う話はあっても、酒盛りや宴会をやるという話は、せいぜいがおむすび転んでジイさんが酔っぱらうというお伽噺程度で、ネズミ=アル中説というのもあまり聞かない話です。そこで、飲兵衛にひとしくあてはまるかどうかは定かではないのですが、食べものには肝臓を元気づけるものもあれば、その道に痛めつけるものもあるという話を一例として提示しておきましょう。

ネズミを元気づけたのはやはり蛋白質です。研究者の実験では、アルコールと同時に高蛋白質を摂取させたネズミは、アルコール脱水素酵素(ADH)系が活性化して、難なくアルコールを分解しました。これにたいして、同様の条件下で低蛋白質を摂取させたネズミは、ADH系の活性がいちじるしく低下したと報告されています。

つまり「悪酔い現象」をおこしたとみなされるわけです。ところが、どちらの群においても、メオス(MEOS=ミクロゾームエタノール酸化) 系の活動を調べてみると、蛋白摂取の多少とは無関係であったという結果がでました。つまり、酒びたりにさせた「アル中ネズミ」のメオス系は、食べものとは無関係にただただ黙々とアルコール代謝に励んでいるわけです。

これらの「アル中ネズミ″」をあとで解剖してみると、低蛋白質のネズミのほうがよりつよく「脂肪肝」ようの病変、ないしは「肝細胞周囲の線維化」が見られました。ついで蛋白質のかわりに脂肪をあたえた場合はどうかといえば、これはアルコール代謝とまったく無関係でしたが、酒びたりネズミでみるかぎり、高脂肪食をとらせた群では肝細胞にいちじるしい脂肪化がありました。

すなわちネズミといえども脂肪の含有量の多い食事ばかりしていると脂肪肝になるのだぞ、というのがその筋の研究者の警告です。

そこで、問題の第1は、低蛋白食下でのアルコールの摂取です。このような飲みかたは肝臓本来の代謝機能を低下させて、もっぱらバイパスであるところのメオス系に依存させることになります。問題の第2は、栄養のバランスの失調下でのアルコールの摂取は肝臓障害を促進するという点です。

したがって、洒を飲むときには、つねに蛋白質の豊富な食べものを口にいれながら、そこそこで打ちあげるのが無難だという結論になります。

肴はあぶったイカにとどめをさす

すぐにからだの構成要素にまわされる蛋白質のほかに、人体内ではどうしても合成不可能なものがります。こればかりは外からとらざるをえない、欠くとからだにガタがくる「微量成分」という存在です。

医学や栄養学の世界ではこれを「必須栄養素」といい、目下のところ40余種が知られています。まずは前にもふれたナトリウムやカリウム、それに鉄分やヨードなどの元素類。
リシンやロイシンなどの必須アミノ酸。リノール酸、リノレイン酸などという必須脂肪酸。くわえてビタミン類です。

たいていは必須必須と、テレビ、新聞、雑誌などの広告でおなじみのものです。したがって、からだの都合を優先させれば、先の三大栄養素を含めて、栄養士お定まりのセリフではないが、どうしても「バランスよく栄養のかたよりがないことが望ましいのです。ということになります。とくに生体の浸透圧との関連からいえば、無機質が大切だということになります。

亜鉛不足が味覚音痴をまねくことは周知のとおりですが、いくら必須栄養素とはいえ、人体に必要なのはごく微量です。さほど神経質にならずとも、ふだんふつうの食事をとってさえいれば、ビタミン類も含めてたいていのものは自然にとれるので、無視してもまずさしつかえはないでしょう。

栄養障害によって病気になるのは、いうまでもなく、その摂取量がからだにとっての必要量を下まわったときです。栄養障害にはこまかくいえば「低栄養状態」と「栄養失調」の2つがあるのですが、純粋に栄養障害だけによっておこる病気は、現在の日本ではほとんどみらません。

そこで、しいてアルコール愛好家で問題がおこると考えられるのは、低栄養状態です。低栄養で生じる病的な現象は、くどくどと口うるさく述べてきたように、蛋白質の欠乏とカロリー不足です。

極端に病的なものを専門家は「蛋白質・カロリー栄養失調症」と呼んでいます。飽食ニッポンで、このような失調症がみられるケースはほとんどありません。しかし、病的アル中のかたや食物アレルギーぎみのかたがた(病的偏食者という)では疑われるケースもあります。

洒の飲みすぎによる過剰水分は腎臓の濾過機構によって排泄されます。塩辛い肴を食べた場合や不要の塩分とて同様です。そこで引き算していくと、のこる問題で最大要因は蛋白質の摂取不足だけということになります。

したがって実際に問題が発生するのは、病的アル中のかたと病的偏食者がドッキングしたケースか、それに似たライフスタイルのかたがたということになります。

ついでに、飲兵衛の日常偏食ぎみのかたがたの飲食についてもひとことふれておくと、現在の食生活では蛋白質の代替食は十分です。

そこで、偏食による弊害は赤ん坊や小児では認められても、30をすぎた人間の健康に影響をあたえるほどの弊害はほとんど見あたりません、
現在までのところ、わたしの知るかぎりにおいて「飲酒+過食」の弊害を指摘するものはあっても、肴が貧しくて栄養障害をおこしたという事例は、鳥のエサのような肴だけに頼って大酒する人たちだけです。

ふだん1日3食をとっていれば、まずは心配無用です。あえて「肴」に関連づけていえば、なにを食べようと大丈夫ということになります。気配りすべきポイントは、良質の蛋白を過不足なくとるということだけといいきってもよいでしょう。

良質の蛋白とは脂身の少ない肉、魚。また豆腐などの植物食品でとれる蛋白成分です。

専門家がひとしく推奨する基準は「高蛋白、低脂肪、ビタミン豊富」の3原則です。わたしとしては、カロリーオーバーを防ぐ意味あいから、これに「低カロリー」をつけくわえのがベストです。

油脂の含有量の多い洋風、中華の「料理」は避け、基本的には和風がいいでしょう。それも魚屋よりは乾物屋の品書きに注目するとよいでしょう。

肴は古来からの和食や惣菜、たとえば、冷やっこや湯豆腐、メザシ、小魚、なべもの、あえもののたぐいでよいでしょう。手間ひまかけずとも、できあいのお新香、シラスおろし、あぶったスルメや海苔もまたよしです。

いうなればお晩菜で十分なのであって「多種にして少量」であることにつきるんです。ともあれ、飲兵衛をもって任じられるかたがたは、ALDH ( アセトアルデヒド脱水素酵素)の活動が活発です。よってついつい深酒ともなります。飲む年数が長くなるにしたがって、肝臓のアルコールへの馴れ化機能も上がってしまうのです。