酔いがまわったときの脳の働き

2018-05-23

めまいの原因

飲んで酔いがまわりはじめたとき、たちまち眠りだす人がいます。心地よく酔ったまま、終電をうっかり乗りすごす人もいます。

この、飲兵衛が酔って眠りにはいる状態とは、生理学的には脳に「α波」がでている状態である解釈されています。α波というのは、人が眠った状態にあるときでている脳波のことですが、かならずしも睡眠中だけでなく、目を閉じている状態でもおこることがあります。

α 波がでるのは、人の精神がもっとも安定した状態のときとされますが、要するに脳がなにも考えぬままのめいてい状態です。

酩酊したとき、飲兵衛はしばしばこの状態になります。ひたすら安寧の境地にはいる状態がこのα 波のためだという説もあります。つまり、禅僧たちが悟りをひらくために修業するのもこれでだというわけです。

だとすれば、悟りをひらくためには飲んだほうがはやいのではないか、というへ理屈も成り立つと思われるかもしれませんが、じつはアルコール摂取時ではそうもいきません。

ふだんわれわれが酒を飲んでいるとき、たいていの場合、意識が空白になります。( α 波がでる)のはきわめて短時間です。飲むきもちのあるうちは、再度グラスに酒を満たす。無意識のようにみえながらもちゃんと意識がはたらいており、このような状態では、たちまち脳披はα 波からβ 波にかわっています。「β 波」というのはさめた大脳の活動の状態、すなわち、あくまで精神活動が持続している状態のときにでている脳波です。

飲むときには、最初の段階ではβ 波だけがでています。それが飲むにつれアルコールの麻酔作用により大脳皮質のはたらきも弛緩します。

徐々に精神活動そのものが低下しはじめ、やがては眠りのパターンにはいります。この間、脳内ではβ 波とα 波がいそがしく飛び交いはじめ、ついにはα 波のほうが勝つことになります。

この現象、大飲した場合には傍目にもわかります。これを「アルコールによるα 波の賦活」といいます。ただし、アルコールの麻酔作用によるα 波の出現は、つねに一過性のものであって、また意識的に呼びおこすことはかなり困難です。

つまり、悟りの境地を拓く代用物とは残念ながらなりえないのです。さらに、β 波と亜α 波が交互にではじめたときから、時間的観念の喪失がはじまります。

からだが眠っているときには時間の経過を感じません。一般に、愉しみと感じる時間は不快と感じる時間より短く感じるとされるのですが、酔ったとき時間がたつのをはやく感じるのは、このα 波の関与もあってのことです。そこで、おや、もうこんな時間かと思たときは、からだそのものがいやしを求めている時刻だということになります。

つまり、生理的欲求が示す飲酒の切りあげどきということです。このように、飲兵衛のふだんの酔態には、さまざまなものがあります。

アルコールの影響がまずあらわれるのは大脳のはたらきです。司令官たる大脳皮質が酔っ払えば、当然兵隊どもである神経系の士気も乱れ、風紀が乱れるのは当然です。

アルコールの麻酔作用がよりすすむと、理性を支配している新皮質とともに、もっと根源的な情動・本能的行動を支配している旧皮質がこぞっての大宴会になります。
たちまちにしてふだんは抑制されていた感情がとき放たれて、勝手に「おどりだす」のです。これが泣き上戸、怒り上戸の出現です。

ついでアルコールの麻酔作用は大脳皮質の運動野(領域)から小脳におよび、その作用はさまざまな分野にあらわれます。手が乱れ、足がフラつき、目がまわります。
これらはすべて大脳中枢部のマヒに原因があった。ところで、飲兵衛にこのような酔態がみられるのは、宴会の場や、仲間といっしょに飲むような場合です。一方、ひとりで飲むときにでやすい症状といえば、めまいです。そこで、そのめまいを再度、机上にのせてみましょう。

かつて医学界でなされた古典的定義を紹介すると「めまいとは、身体の空間に対する定位が、そのあるべき状態と異なっていると感じ、みずからがそれをあるべき姿に回復しえずに不快と感ずる自覚症状」となります。

ひらたくいえば運動感覚・位置感覚などの異常のことになる。こワープロで「めまい」を漢字変換させると「眩暈」とでます。
この「眩」なる字は、本邦最古の漢和字典である「和名類聚抄」によると、メクルあるいはメルヤマイと読みます。いうなれば目前のものがゆらりゆらゆら揺れうごいて安定しないさまをあらわすことばです。

メクルめくあの高揚感もルーツはヤマイであったわけです、このカラクリがようやくわかりはじめたのは、1861年のメニエールの発見(メニエール病)以来のことです。

それ以前、わけもわからずめまいに悩まされた天才著名人は意外に多いのです。ルター、スウィフト、ゴッホ、ゲーテ、ボードレール… 。
これらの鬼才天才たちも、やはりわれら飲兵衛の仲間であったのでしょうか

飲兵衛が感じることの多い浮動感・動揺感、昇降感・身体下降感、転倒感などの「非回転性のめまい」のことはディッツネス(dizziness)という。飲んだときの眠り、めまい、いずれも悪酔いではない。このような現象がおきるのは、むしろその人のこころが、アルコールによって深く解放された状態とみなせる場合に多いように思われます。

だが、そのような現象は、親しき友との語らいの場としてのにぎやかな飲酒より、ひとりしみじみと酒を味わう場ででやすいように思います。

では、位置感覚をメタルめく思いのほうに移すと、どうでしょうか?

アルコールのもつホレ薬効果とは?

洒を飲む場所として、男たちが一般に自宅より酒場、ないしはそれと同様の設備のあるホテルなどを好む最大の理由は、酒や肴そのものではなく、結果的にはたとえかなり高くつくことになっても、それにみあうだけの非日常的な世界が提供されるためです。

非日常的な世界を好む理由のなかには、もちろん、仕事や家庭でのわずらわしさを避けたいと願うきも気持ちもあるのですが、それ以上に「男心」をそそるなにかを期待するためでしょう。

このなにかのうちでもっとも大きいのは、簡単に言えば、男と女のラブゲーム、つまり「恋」の芽ばえや進展でしょう。

これは自分のかたわらでサービスにつとめてくれる女性がいる場であろうが、ふたりで誘いあわせて行った場であろうが、基本的には同じです。もっとつきつめていうと、アルコールのもつ口説きの場としての効用です。

つまり、これはアルコールという飲みものが、自分だけでなく相手もその気にさせる、いや、もっと気をそそらせる作用をもつハズだという前提があるのです。

ということは、男女が洒を飲むときには、この口説き(もっと直裁的にいえばセックス) との関連を取りあげないと、片手落ちだということになります。

オンナと語るお酒の場は、やはり酒杯を片手に、暗い紅灯の下が格好の場となります。目くばせひとつで意の伝わるマスターのいる、なじみのスナックやあるいはホテルのラウンジなどで、肩と肩、膝と膝を寄せあわせ、吐息、心音までをも通いあわせる風物は、万国共通のスタイルといえるでしょう。

いやこれもアルコールならではの精神の癒しの行為です。が、これらの行為はおおむねが次の行為への「前奏曲」なのです。
別の魂胆あってのことが少なくないのですが、アルコールのもつ方面での賦活作用というのは、はたしてどの程度のものなのでしょうか。

ありていにいって、アルコールとオンナとセックスの関係はどうなっているのでしょうか。このメクルめくおとこの恋ごころといえるでしょう。週刊誌や夕刊紙がこぞって書きはやす暗き紅灯の下でのオンナをくどく行動にはどういった効果もたらすものなのでしょうか?

小説でも映画でも、ドラマのなかでは、アルコールは必須の小道具です。男がいて、女がいて、そしてアルコールがあって、はじめて口説きの場面となります。

アルコールの摂取には精神の賦活作用があって、日常的な世界ではおさえられていた大脳皮質の活動をときはなちます。つまり、感情面での「邪魔な規制」がとりのぞかれるので、いうことなすことが大胆になるのです。そこで、根源的な欲望であるセックスの側面が顔をのぞかせます。しかし、このような精神の発散は、日常的な世界 において野放図にやるとなにかとトラブルを生みやすいのも事実です。やはり、精神発散の場は非日常的なハレの世界にかぎるということになって、こればかりは景気の変動などとは無関係に、また本人の懐ぐあいに多少のムリをさせてでも、プレイゾーンないしはそれに似た場をにぎわせることになるのです。

たしかに、アルコールには媚薬効果がないとはいえない。飲むとたいていの人は気が大きくなります(または精神的反応が過激になる)。

説明するまでもなく、この現象は男女を問わず飲兵衛なら、だれにでもおこるものです。飲酒は、むかいあった気のおけない男女のあいだで、会話や行動をスムーズにする。「イイ関係」を求めての口説き文句も、飲みながらのものであれば、多少のいきすぎがあっても「酔ったせいでついつい… 」と、いいわけできるでしょう。

また、たとえそれが意図的なものとわかっていても、「お酒の場」での行為だから、と相手のほうもあまりしつこくとがめるようなことはありません。

シラフだとこうは問屋が卸しません。もてない男がバーやクラブに通う理由も、これであることはいうまでもないでしょう。

どんなずうずうしい男でも、シラフのときにはともかく弱気が先に立ちます。アルコールはこの弱気を消してくれます。もしフラれても、「もてぬ奴さわらぬ体でさわるなり」といううさばらしができるのも、アルコールのはいった場ならではです。

では、もうすこし立ちいってアルコールと口説きの効果についてです。ホロ酔い気分までの段階であれば、大脳皮質の制御の解除は感情面での「邪魔な」規制をとりのぞきます。

この作用自体に男女差はありません。いや、平均的にはエストロゲンというホルモン(女性ホルモン)の分泌能力の高い女性のほうがすこしはやいという説もあるのですが、早期の段階では、まだいくぶんか大脳のシラフ部分の活動も残されています。

そこで場の雰囲気に対応した当人の感情のコントロールもくわわります。つまり、女性がそのような関係になることを望んでいるような場合には「お酒のせいでやむなく…」という精神的な責任転化もできるため、交渉の過程が促進することになります。

もちろん、逆の場合であっても、同じ理由によって「ワタシは、そういうことは真面目のときでないとタメなの」と、席を立つことも可能ではあるのですが。

たしかにアルコールには媚薬的な、というより強精剤としての効果はみとめられています。ちなみに、強精剤というのは大脳中枢の精神的抑制を解除することによって、ペニスの勃起をうながす物質です。顕著な効果の認められているものは大麻やモルヒネなどの麻薬ですが、アルコールも含まれる場合もあります。

したがって、アルコールのこの作用は大いに活用してよいのです。しかし、アルコールにこのような効果が認められるのはアペリティフ的な意味で飲む段階までのことになります。
というのは、もう一歩進んだ状態、つまり「ほろ酔い極期」からあとの段階では、逆に性欲そのものを減退させてしまうからです。

生理学的にみれは、要は「飲みすぎるな」ということです。でないと、
惚薬10十日すぎても沙汰はなし(古川柳)
という結果になるのです。

いずれも、その気になって食べれば、効いたということは往々にしてありうる話です。しかし、性的興奮そのものも概して心理的なものが多いのです。この意味からは結果的に効けばなんでもよいのであって、偽薬(プラセポ)であってもかまわないという理屈です。

アルコールもしかりです。このような理由もあって、夢をプチ壊すのは本意ではないのです、現状では、じつはアルコールには催淫(ホレ薬)効果がほとんど認められないというのが、シラフの研究者たちのだした結論です。

人のこころに作用をおよぼす薬剤のことを、専門家は「向精神薬」と称しています。通常われわれも無意識のうちになにがしかの向精神薬を常用しています。

アルコールにかぎらずコーヒーや茶(カフェイン)、タバコ(ニコチン)の類いです。

化学的にはキサンチン誘導体と呼ばれるカフェインには、中枢神経を興奮させる作用があり、心筋(心臓壁の筋肉)の興奮作用や利尿作用をもっています。
また、タバコの葉に含まれニコチン( アルカロイド)には、自律神経や中枢神経にたいして初期には興奮、後期には抑制作用をもたらすことは広く認められているのです。

はやい話がタバコは最初は眠気をおさえたり頭をスッキリさせてくれるものの、図にのってあまり吸いすぎると精神活動を低下させることにもなるというわけです。

このような噂好をもつ人たちは、知らずして一種の向精神薬としての効果を愉しんでいるとみなされるわけです。医学的には、効果にたいする自覚のある精神安定剤や睡眠薬をよく利用する人もこの範疇にはいります。

ただし、アルコールのもつ向精神薬的効果はコーヒーやタバコの比ではないのです。酒を飲んだときには、くり返し述べているように、最初のうちは気分が高揚します。

シラフのうちには行動を律していた邪魔な抑制もとれます。したがってその方面の意欲もたかまることになります。理屈のうえで、これらのアルコールのもつ向精神薬の効果は、男女にかかわりなくおこります。

そこで、シラフではできない衝動的行動にむかうこともありうるのです。ところが、これには個人差があります。飲む量の多少があります。

飲む目的における微妙なくいちがいもあります。ところが、おうおうにして洒を飲む男性たちの多くは、おなじ場で酒を飲んでいるのだから、相方もそうであるハズだと一方的に思いちがいをします。ふだん見聞きする週刊誌や夕刊紙、くわえてテレビや映画がその錯覚を倍化します。

で魂胆あって相方にアルコールをすすめます。飲むほどに邪魔な抑制もとれてきて、双方の目的がシラフのうちからおなじである場合には、両者ともにソノ方面の意欲も大いにたかまって、メデタク完結することになります。
ところが、最初の目的がことなっている場合が問題です。じつは相手もソノ気になるというのはあくまでも錯覚であって、飲む男たちが無意識のうちに自分にしかけた心理的挑発にすぎないというのです。

この向精神薬の作用機序(錯覚現象) 理解しない男たちは、往々にして間違えることになります。酔った男性たちの多くは、たちまちにして精神構造が子どもにかえります。フォートという人は「アル中とはフロイトがいうところの口唇愛願望であって、いうなれば幼児の基本的要求のひとつにすぎない」と述べています。

アルコールの力を借りて女をくどくのは認められます。しかし、それをセックスまでもっていこうとするのは古来からくり返されてきた愚行であって、医学的な見地からみると、これだけで成功にいたるケースはごくごく希です。運よく成功にいたったとしても、それは